ある夜

 運悪く宿が混んでいた。

 長い船旅の後だった。やっと柔らかな寝床で眠れると思ったのに。

 どんな部屋でもいいからと頼み込んで、やっと従業員の休息部屋を貸してもらえるようになった。なんとかルーナだけは泊まれることになったから、それで良いことにしよう。ルーナは何も言わないけれど、かなり疲れているはずだ。有り難いことに浴場も借りられたので格好だけは小奇麗になった。今晩は酒場で一夜を過ごそうかとも考えたがやはり眠いのでまた野宿だ。幸い空は満天の星空。野宿には問題ない。


 町の明かりがぽつりぽつりと消えていく。

 「サトリ、先に寝てなよ。僕が見張りするよ」

 焚き火に木をくべながらロランが言った。

 「大丈夫じゃないか? さっき聖水撒いたからこの辺なら魔物は出ないと思うぜ」

 「じゃ今夜はゆっくり眠れるね」

 ロランは敷物をしいて寝転んだ。

 サトリもその隣に同様に寝る準備をする。野宿ももう慣れたものだ。最初は固いやら落ち着かないやらで全然眠れなかったんだけどな、と懐かしく思う。寝心地の良い豪奢な寝床はもうかなり昔のことに思える。

 「ねぇ、サトリ。寝ないのかい?」

 座り込んでぼうっとしているサトリにロランが声をかけた。

 「ああ、もう寝るよ」

 木を数本また焚き火に放り込み、サトリも横になる。

 ぱちぱちと木の爆ぜる音だけが聞こえる。

 サトリは視線を感じて顔をロランに向けた。

 「まだ起きてんのかよ。寝ろよ」

 「うん」

 そういいながらもロランはもの言いたげにこちらを見ている。じっと見られているとなんだか居心地が悪いような、恥ずかしいような気がして困るんだが。

 「なに見てるんだよ」

 「サトリ」

 「だからなんで」

 「うん、こうして誰かと一緒に眠るのっていいなって思ってたんだ」

 「へぇ?」

 「小さいときからひとりで寝てたから、旅にでるまでこんなふうに誰かと一緒に寝るってなかったよ」

 「うーん、確かにそうかもな。あー、でもあんまり覚えてない。ちっちゃいときは妹も一緒だったっけ? あれ?」

 「覚えてないの?」

 覚えているのは……そうだ、母が、寝付くまで優しく見守ってくれていた。懐かしい柔らかな笑み。もうずっと前に亡くなったのだけれど。急にその記憶が浮かび上がる。


 「なーんも覚えてねぇ」

 サトリはばさっと自分の掛けていた毛布をロランに掛ける。

 そしてちょっとだけロランのそばに寄ると、からかうように言う。

 「眠れないんだったら、お前が寝るまで見ててやるから、寝ろ」

 ロランはにこっと微笑んだ。

 「そんなこと言ってもらうの初めてだ」

 「いいから、寝ろ」

 サトリは手を伸ばし無理矢理ロランの目を閉じさせる。

 彼が眠りにつくまで、ずっとそうしていた。

 安らかな寝息を確認して自分も目を閉じる。

 もしお前が必要とするなら……いつだってそばにいてやる。サトリは思い、眠りに落ちる。



 「おはよう、サトリ」

 眠い目をこすり起きると既にロランは身支度をしてサトリを急かす。

 「ルーナを迎えに行くよ」

 「……ねむい」

 「ルーナに文句言われるって。急いで」

 「わかったよ」

 町の入り口で手を振るルーナが見えた。とりあえず今日は美味しい朝ご飯にはありつけそうだ。

 
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