仲間
仲間
激しい土砂降りに二人は見舞われた。
とても歩いていられないと彼らは物置のような建物の軒先を借り、雨宿りをする。
人がなんとか一人大の字で横たわれる程度の狭い建物だ。扉はなく、雨が吹き込んでくる。濡れないようになるべく奥に入り座り込む。
「まいったね」
「止むまで動けないな。しゃーない」
サトリは袋をさぐると魔法書を出し読み始めた。正直、彼はまだ初歩の呪文しか覚えていない。もう少し上の呪文が使えるようにならないとこの先役に立たない。しかし、たとえ今は大した呪文を使えないにしても、魔力を生まれ持ってその身に備えているこの隣国の王子にロランはひそかな羨望を覚えていた。
「呪文の勉強?」
ロランが覗き込む。
「ああ、真面目にやんねーと」
「サマルトリアでもずっと呪文の勉強をしていたのかい?」
サトリは肩をすくめる。
「あんまりやってなかったよ。今人生で一番勉強してるかもしれないぜ」
「そうなのか?」
ロランは少し呆れたように言った。
「だって君、剣術もあまりやってないって言わなかった?」
「ああ、まぁね……」
歯切れが悪い。あまり自慢になるような事じゃないのは確かだ。
せっかく魔力を備えているのにそれを使いこなす為の努力をしないなど、ロランには考えられない事だ。
「もういいからお前は休んでろよ」
邪魔にされるので黙って荷物を枕に横になる。
のんき者の王子か、とロランはすこし可笑しくなった。サマルトリアに居るときはさぞかしのんびりしていたんだろう。それが今旅の中で、やらざるを得なくなったから頑張っているのだ。いい加減なのか真面目なのかよく分からない。
いつのまにかロランはローレシアに居た頃を思い出していた。つい最近の事なのに、懐かしく感じるのはそれだけこの旅になじんできたからだろうか。
勇者アレフの直系の子孫であるローレシア王家に生まれながら、魔力を持たない王子。それがロランを語るとき一番最初に言われる言葉だった。不思議な事に同じロトの血を受け継ぐ3国の王家の中でローレシアは魔力を持つものがあまり産まれてこない家系だった。とはいえ、父王も王妃もある程度の魔力はあった。まったく欠片もないというのは王家の一員としてどうなのかと、口さがない者たちの良い噂の種であった。
とはいえ、ロランには代わりに剣術の才能があった。師範の腕をすぐに越え、国を出たときは彼に剣で敵う者はいなかった。才能ももちろんだが、なにより努力を惜しまなかった。剣術に、勉学にとそれこそのんびり気ままに過ごす時間もなく頑張り続けていた。父王が厳しかったのもあるが、ロラン自身、王や母、そしてローレシアの民の為に強くなろうと願っていたのだ。伝説の勇者のようにありたいと。
ロランは隣で熱心に魔法書を読むサトリを眺める。同じロトの血を引く王子だというのに、育ちも、生まれもずいぶん違う。王子だというわりにのんびりなサトリに最初ちょっと戸惑った事もある。
国にいれば隣国の王子と話をする機会だってあまりなかったはずだ。でもこの状況だからこそ、地位とか立場を考えずに気安く話をできるのだ。
国では王子として一歩置かれていて、友人という存在もいないロランに、サトリは初めて対等に話せる相手だった。
「おい、なに笑って見てんだよ!」
すこし飽きてきたのかサトリが話しかけてきた。
「笑ってないよ」
「俺が真剣にやってんのにお前ヒマそうだな」
休んでろと言ったのを忘れたのか文句を言ってくる。
「やることないだろう。サトリ、それちょっと読んでもいい?」
「いいけど」
サトリはロランに本を渡す。
古い文字で書かれている。字面は追えるが意味が把握できない。
「読めるけど、やっぱりわからないな」
ため息をつき、ロランは本を返す。
「そんなの俺が覚えるからいいんだよ」
サトリは言った。
「お前の力になるっていっただろ」
いつのまにか雨はやんでいた。
雨だれの落ちる屋根の隙間から日が射してきた。
「お、晴れたじゃねーか。行こうぜ」
「うん」
そうだ、サトリは仲間だ。
ロランは微笑んだ。どこまでも、この旅路を行けるような気がした。